サーファー達の心の故郷



 大平洋の潮風が吹き抜ける県道、九十九里ビーチラインに、ログハウスのレストラン「シーソング」が誕生したのは1989年。以来、オーナーの市東剛・裕巳夫妻は、数えきれないほどのサーファーたちをこの地で迎えてきた。
  「海の近くに暮らすこと。それが私たちのライフスタイルです。サーフボードを抱えたまま、海からお風呂に直行できるところに、どうしても住みたいと思い、この地にたどり着きました」と語るのは、かつてサーファーとして名を知られ、現在は二級建築士としてログハウス設計の 仕事にも携わる剛さん。オーナー夫妻の家族とともに働くスタッフは、全国各地から集まってきたサーファーの卵たち。壁にはここでアル バイトをしながら巣立っていった、プロサーファーたちの迫力ある写真が飾られている。
  「ここは食事をするレストランではなく、むしろプライ ベートラウンジ。食事をして、サーフィンに出たら、また休憩に戻ってきたり。犬といっしょにオープンテラスで食事をしたり。海とともに暮ら す人の、生活のワンシーンなのです」。逞しく日焼けした剛さんは、そう語って陽気な笑顔になった。




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ログハウスを造ろう。それも、自分の手で。剛さんがそう決意したのは、80年代半ば。東京近郊で初めてログハウスを見て「自分の探して いた家はこれだ」と直感し、ログハウスの第一人者として世界的に有名なカナダのアラン・マッキーのスクールに飛び込んだ。当時、設 計に関してまったくの素人だった剛さんだが、アラン・マッキーのもとで奮闘したことが、その後の人生を定めるターニングポイントとなった 。長男誕生のうれしい知らせを受けたのは、ちょぅどスクールで100年以上の杉の木を伐採していた最中。出産には立ち会えなかったものの、スクールのメンバー全員が新しい家族の誕生を祝福してくれた。
  「セルフビルドはたしかに大変ですが、すごく楽しくて、贅沢なこと。父親が子どもたちの目の前で我が家を建てるということは、とてもすば らしく、誇らしいことだと思うのです。もちろんログハウスはきちんと手入れすれば100年、200年ともつ建物です。30年もたてばガタガタの 中古住宅になってしまう近年の住宅とはまったく違うもの。私がこの世にいなくなっても、次の世代に受け継がれていく財産です」。
  店内のテーブルを見ると、小さな貝殻がいくつも埋め込まれていた。それらはオーナーが17年前、「海岸の景色が変わっても、子どもた ちにこの貝殻を見せてあげたい」と埋め込んだもの。現在、その予想は現実のものとなり、海岸沿いの風景は砂浜が消えて一変してしま った。しかし、ここに集まるサーファーたちの姿はいまも変わらない。もしかしたら200年後も、このログハウスは海を愛するサーファーたちのプライベートラウンジとなっているかもしれない。



 
左:今年4月に誕生した石釜で焼くピザは、シ ーソングの新しい人気メニュー。オーナー がナポリやシシリー島の有名なピザ店を訪 ね歩き、石釜を見せてもらって研究。つい に自らの手で作り上げてしまった。
右:トイレの壁に描かれた太陽のペイントは、オ ーナーの作品。そのほか明るい花が手描 きされた陶器が使われている。

 

左:丸太のテーブルや椅子などのインテリアも、 すべてオーナー夫妻とスタッフの手作り。 1本ずつ皮をむいた丸太は年月とともに味 わい深く、色付いてきている。

右:シーソングのスタッフたち。アマチュアから プロサーファーをめざしている若者が多い。 手前はオーナー夫人の市東裕巳さん。木の上にいる白猫は、店の愛猫ミーヤ。ガ ーデンの木の上などで遊んでいる姿をよく 見かける。

 


ログハウスに住むvol.8より転載

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