自由な時間が欲しくて妻と息子と軽井沢へ移住
昭和40年代半ば。20歳の若かりしノボシェフを虜にしたのは、横田基地近くのニコラスという店だった。「ろうそくの灯の中で、ワインを飲みながらピザを食べるんですよ。怎sザは手で食っていいんだ揩ネんて話しながらね(笑)」。異国情緒たっぷりのムーディーな世界が忘れられなくて、25歳のとき敬子夫人とともに八王子市にピザ屋をオープンした。当時珍しかったピザは地元の美大生に大ウケ。
店が軌道に乗り忙しくなると、自分たちの時間は削られた。「定休日には掃除してディスプレイを変えて……。とにかく時間が欲しかった」。それが、軽井沢へ移住した一番の理由だ。実に潔いノボシェフは、37歳という若さで店をたたんで軽井沢の保養所へ転職。当時は八王子から軽井沢までは片道4時間、200kmほどの道のりだったが、幾度も訪れた大好きな土地だった。「軽井沢の仕事は冬期休業だから自由時間がたっぷりできました。朝起きると今日は何しようかなぁって、まるで老後のよう(笑)」。時間を手にしたノボシェフは、スキーのインストラクター免許を取得。これが現在も冬期休業中の家計を支えている。一方、敬子夫人は軽井沢の高山植物に魅せられ、押し花やドライフラワー制作を学び、作品を委託販売するまでになっていた。
ある日のこと、本当の老後を考えたら少し淋しくなったそうだ。「店を再開したら、またいろんな人が来てくれるはず」と、50歳を過ぎてからログ建築に乗り出した。
こだわりぬいた広々ログで夫婦のお店をオープン
まずは御代田町の1000米林道のすぐそばに、約200坪の土地を購入した。そして建物のデザインはプロに依頼。「ログを建てるのに設計屋さんが入るケースは少ないんですよ。でもワシは急勾配の屋根で2階はおまけという、よくあるログにはしたくなかったから」。プロが描いたのは延べ床面積(2Fのロフトを含む)42坪という広々としたたたずまい。長年この土地に住んでいたからこそ分かる、暮らしやすい設計図が完成した。
こうして誕生したログで新しい店を構え、第2のIターンライフを始めた設楽夫妻。ノボシェフは腕をふるって地の食材で客人をもてなし、敬子夫人はドライフラワーのアレンジメント教室を通して自然の美しさを伝えている。最後にIターン成功の秘訣をうかがうと「コミュニケーション」と一言。 |
現在、御代田町に構える店はログハウス |
ともに16歳のバブルスとポテトがお出迎え |
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奥様がオーナーの「野の風工房」のスタジオ。ここで団欒を楽しみ、数々の作品が生まれる。 |
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